- Health&Medical2023/11/15 20:26
林原、「第25回トレハロースシンポジウム」を開催、「トレハロースで導くサステナブルな未来」をテーマに最新の研究成果を学術発表
林原は、トレハロースの研究・開発に携わる産官学の関係者が広く参加し、分野の枠を越えて学術的交流を行う研究発表会「第25回トレハロースシンポジウム」を、東京・御茶ノ水ソラシティ カンファレンスセンターで11月2日に開催した。今回のメインシンポジウムは、「トレハロースで導くサステナブルな未来」をテーマとし、トレハロースに関する最新の研究成果などを発表する全6題の講演と総合討論会が行われた。また、メインシンポジウム終了後には、4年ぶりにイブニングセッションが開催され、講演者と参加者がポスター発表を通じて積極的に意見を交わした。
シンポジウムの開会に先立ち、林原の安場直樹社長が挨拶した。「林原は、来年4月に社名を『ナガセヴィータ(Nagase Viita)』へと変更する。当社は今年創業140年を迎え、4月1日には同じNAGASEグループであるナガセケムテックスの生化学品事業を統合した。また、2012年にNAGASEグループの一員となってから10年が経過したこともあり、これを機に古い衣を脱ぎ捨て、新しい未来へ向かっていきたいと考え社名変更を決断した」と、社名変更を実施する経緯を語った。「新社名の『Viita』は、事業のテーマである『生命、暮らし』を表すラテン語“Vita”に“i”を加えた造語であり、人が並んでいるように見える“ii”には『人と自然が共生する未来を、みなさまと共創したい』という想いを込めている」と、新社名の由来について紹介。「社名変更と共に、新たなパーパスとして『生命に寄り添い、人と地球の幸せを支える』を策定し、サステナブルな価値の共創を加速していく。ナガセヴィータでは、『2030年のありたい姿』の実現を目指して、『環境負荷の低減』、『安定的な食料確保』、『健康寿命延伸への貢献』、『社員エンゲージメントの向上』の4つのマテリアリティを指針とした経営を推進していく」と、将来に向けたサステナビリティ経営の方針を示した。
メインシンポジウムの1題目では、愛媛大学大学院医学系研究科皮膚科学 講師の武藤潤氏が、「高濃度トレハロースは線維芽細胞をセネッセンス様状態に誘導して創傷治癒を促進する」と題した講演を行った。これまで、自家培養皮膚シートの作製には非常に時間がかかっていた。この課題に対して、高濃度トレハロースを含む真皮シート上で培養したところ、より大きい皮膚シートを短時間に作製できることが判明した。また、高濃度トレハロースを用いて作製した皮膚シートは、従来法で作製したシートと病理組織学的に明らかな差異はみられなかった。次に、2次元および3次元で高濃度トレハロースとともに短期間培養した線維芽細胞を用いて、遺伝子発現解析を行った結果、トレハロース処理後にセネッセンス(細胞老化)と極めて類似した状態となっていることを解明した。さらに、ヌードマウスを用いた動物実験では、高濃度トレハロース含有皮膚シートに有意な創傷治癒促進作用があることを確認した。武藤氏は、「これらの結果から、高濃度トレハロース処理によって線維芽細胞が創傷治癒を促進するセネッセンス様状態へと誘導されることを利用した3次元培養・真皮シートは、難治性潰瘍に対する新規治療の選択肢として期待される」との見解を述べた。
続いて、大塚製薬工場 研究開発センターの藤田泰毅氏、西村益浩氏、和田圭樹氏、小森奈月氏、白川智景氏、竹縄太一氏による共同研究「トレハロースを含有する細胞保存液セルストアの処方設計と評価」について、同センターの藤田氏が発表した。幹細胞移植は、様々な疾患に対する治療法として期待されている。いかなる細胞治療においても、保存、輸送中に細胞の生存率や機能を維持することは重要である。細胞を保存することで、長距離の輸送が可能になり、臨床や研究において十分な品質管理が可能になる。一方で、静脈内投与される幹細胞は、多くの場合、生理食塩液や乳酸リンゲル液に懸濁されている。しかし、これらの溶液は、保存や投与中の細胞の沈降抑制の観点で、必ずしも適切ではない。そこで今回、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞(以下、hADSCs)を用いて、新規の細胞保存液セルストアを設計したという。藤田氏は、「セルストアの処方設計を検討した結果、3%のトレハロースと5%のデキストラン40を添加した乳酸リンゲル液(セルストアS)、または3%のトレハロースを添加した乳酸リンゲル液(セルストアW)において、5℃および25℃で24時間までhADSCsを保存可能となった。さらに、これにビタミンCを添加すると、より長期の保存が可能になることを確認した」と、セルストアの処方設計について説明した。
3題目は、クラレ ケミカル研究開発部 化学品研究開発グループの荒井孝徳氏が、「多機能保湿剤“イソプレングリコール”とトレハロースの組み合わせによる毛髪補修性」について発表した。日々のブラッシングやドライヤーなどによってダメージを受けた毛髪は、うねりの発生やハリコシの低下を生じ、髪の美観性を損なうことにつながる。そのため、毛髪のダメージを補修し健康な髪へ導くことは、生活者の髪の悩みを解決し、健康寿命を延伸する上で重要となる。トレハロースには、毛髪内部のタンパク質に作用し、毛髪ダメージを改善する機能があるといわれている。そこで、同社の多機能保湿剤イソプレングリコール(以下、IPG)とトレハロースとの組み合わせを検討したところ、毛髪疎水化に相乗効果を示すことを見出したという。荒井氏は、「IPGとトレハロースをそれぞれ5%含む水に30分間浸して乾燥させた毛髪は、キューティクル表面の毛羽立ちが抑えられており、高い毛髪補修効果が認められた。実際に、IPGとトレハロースをトリートメントに配合した使用感を評価したところ、毛髪の疎水化・補修効果がさらに高まり、まとまり性が向上することがわかった。また、IPGとトレハロースは、現在一般的な毛髪補修成分で、自然環境への悪影響が懸念されているシリコーンの代替となりうることも示唆された」と、IPGとトレハロースの生分解性のある組み合わせで、持続可能な社会にも貢献できると訴えた。
4題目は、Massachusetts Institute of Technology, Department of Civil and Environmental Engineering, Associate Professor Benedetto Marelli氏による海外講演「Trehalose-based seed coatings to boost agriculture in marginal lands(耕作不適地における農業を可能とするトレハロースを配合した種子コーティング技術)」が行われた。現在、農業食料業界では、経済的に持続可能で拡張性があり、速やかに市場へ導入が可能な新技術が求められており、バイオ素材にイノベーションをもたらす機会が与えられている。その中で、Marelli氏の研究室ではトレハロースと構造生体高分子との組み合わせによって、食料安全保障を強化する生体模倣ソリューションを設計することに取り組んでいる。今回のシンポジウムでは、耕作不適地において種子発芽を助長する微小環境をデザインするため、トレハロース-シルクコーティングのナノ製造に関する最近の開発について発表。トレハロースとシルクの混合は、無水状態においても微生物肥料の生存率を高める有益な環境を与え、播種後には土壌中へ持続的にそれらを放出し、根圏の微生物コロニー形成と苗の健康状態を強化することを可能にしたという。Marelli氏は、「私たちが実施したモロッコでの圃場試験では、トレハロース配合種子コーティングによって作物収量と品質を向上させる結果が得られた。同時に、根圏組成においても有益な変化をもたらすことが示された。そして、この結果をもとに学生たちが会社を設立し、トレハロース配合種子コーティングの技術を生かした事業の立ち上げを目指している。耕作不可能・困難な土地にアプローチし発芽促進の検証を進めている」と、モロッコでの圃場試験の成果について詳しく紹介した。
5題目は、「放線菌が生産するトレハロース系化合物の化学と生物」について、富山県立大学生物工学研究センター 教授の五十嵐康弘氏が発表した。五十嵐氏の研究チームは、放線菌生産物の多様性の理解と有用生理活性物質の発見を目的に、さまざまな放線菌属における二次代謝能の解析を行い、これまでに「brartemicin」と「trehangelin E」という2種類のトレハロース系新規化合物を見出したという。今回のシンポジウムでは、この2つの新規化合物について紹介した。Nonomuraea属が生産する「brartemicin」は、トレハロースの6位と6'位が安息香酸誘導体でアシル化された化合物であり、がん細胞の浸潤阻害活性を示した。その後、中国のグループによって構造活性相関研究がなされ、合成類縁体がMMP-9とVEGFの発現を抑制することが示された。さらに米国のグループでは、「brartemicin」が結核ワクチンのアジュバントとして機能することを報告している。もう一つの化合物「trehangelin E」について、「Polymorphospora属が生産するtrehangelinは、トレハロースが単鎖不飽和脂肪酸でエステル化された化合物で、抗酸化作用や生活習慣病病態の改善作用があることが知られていた。我々は、同属から新規類縁体『trehangelin E』を見出し、その生理活性作用を調査した。そして、レタスの種子発芽試験において、植物ホルモン様の根伸長活性を示すことを明らかにした。『trehangelin E』は今後、バイオファーティライザーとして活用できる可能性が考えられる」と解説した。
6題目では、林原 フードシステムソリューションズ部門の向井和久氏が、「トレハロースの飼料用途開発 ~サステナビリティへの貢献~」と題した発表を行った。現在、持続可能な食糧確保に向けてさまざまな取り組みが行われている中、林原ではトレハロースの有する多彩な物性機能や生理機能を飼料畜産分野に応用し、飼料の品質改善、畜産物の生産性改善(収量増加)および畜産物の品質改善を目指している。今回のシンポジウムでは、抗生物質使用削減の観点から、ブロイラー生産におけるプレバイオティクスとプロバイオティクスを併用したシンバイオティクス効果について評価した試験結果を紹介した。向井氏は、「評価試験では、プレバイオティクスとしてトレハロース、プロバイオティクスとして枯草菌バチルスサチリスを使用し、合計800羽のブロイラーを対象に実施した。この結果、シンバイオティクスの群では、体重が最も上昇し、飼料要求率(FCR)は最も低かった。また、腸管における絨毛の高さが最も高くなり、悪玉菌の数が単独よりも優位に減少した。さらに、国内10ヵ所の農場で合計16万羽のブロイラーを用いた大規模フィールド試験を行った。プロバイオティクスとシンバイオティクスを比較検証した結果、シンバイオティクスでは生存率が0.6%増加、廃棄物が1.4%減少、商品化率が2%増加した。実際の収量は、1鶏舎あたり750kg増加し、費用対効果についても1鶏舎あたり9万5000円の収益増が算出された。これらのことから、トレハロースの効果的な活用は、ブロイラーの生産性向上と環境負荷の低減に向けた重要なソリューションのひとつとなる可能性が示された」と、トレハロースは持続可能な畜産生産への貢献が期待されるとアピールした。
全6題の講演終了後には、後半の講演の座長を務めた農業・食品産業技術総合研究機構 生物機能利用研究部門 グループ長の黄川田隆洋氏がファシリテーターとなり、前半の座長の徳島大学大学院 社会産業理工学研究部生物資源産業学域 講師の鬼塚正義氏と講演を行った6名による総合討論会が行われた。討論会では、分野が異なるそれぞれの立場から、研究対象としてトレハロースに注目した理由やトレハロースの持つメカニズム、トレハロース研究の今後の展望などについて意見を交わした。
最後に、閉会の挨拶に立った日本応用糖質科学会の天野良彦会長は、「今回のシンポジウムでは、トレハロースの持つ、生物に対する幅広い機能性を知ることができた。私が研究を手がけているセルロースも安定した物質だが、水に溶けにくいため、生物に使われることはほとんどない。一方で、トレハロースは、水に溶けて、生物に高い機能性をもたらす素晴らしい物質であると思っている。これに加えて、林原が、多くの企業で使えるように安価で提供したことが、世の中に広く普及する要因になったと考えている。今後、トレハロースの機能性のメカニズムが明らかになることで、その活用領域はまだまだ広がっていく可能性がある」と、今後のトレハロース研究のさらなる進展に期待を寄せていた。
メインシンポジウム終了後には、講演者との交流会として4年ぶりにイブニングセッションが開催された。イブニングセッションでは、シンポジウムで発表した内容をポスターにまとめ、研究内容の深堀りや、今後のトレハロース研究の可能性などについて、講演者と参加者が直接意見交換を行った。